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第5回 裁判官のイデオロギー――長谷川正安『憲法判例の研究』

一 前提

1.解散権論争

 前回の記事(「第4回 学問は『真実』を生命とする――一圓一億『法の解釈と適用』」)で述べたように、1950年代から60年代にかけて、「憲法解釈の方法」が憲法学界における重要な論点として浮上していた。そのきっかけが来栖三郎による私法学会報告であったこともそこで述べた通りであるが、しかし同時に、民法学による問題提起に呼応するような雰囲気がすでに憲法学界内部において醸成されていたことも指摘しておかなければならないだろう。それでは、憲法学界においてそのような雰囲気を醸成した事件とは何か。来栖も言及する9条をめぐる政府解釈の変遷*1はもちろんであるが、それとは別の事件として、前回の主役であった一圓も「わたくしは、新憲法の解釈、特にその天皇の規定の解釈に関する一般の解釈に満足できなかった」と告白しているように*2、天皇制をめぐる解釈問題を挙げることができよう。そしてその中でも、1950年代の半ばにかけてホット・イシューとなっていたのが、衆議院の解散権の実質的根拠の所在をめぐる「解散権論争」であった。

 この論争は、昭和23(1948)年12月23日の「なれあい解散」及び同27(1952)年8月28日の「抜き打ち解散」を契機として展開されたものであり、憲法学界においては佐藤功・小嶋和司・長谷川正安の3名を中心として火花が散らされたのである*3。そして長谷川は、直接にはこの解散権論争に参加した経験から、「憲法の解釈とはなにかという根本問題にぶつか」ることとなった。すなわち、彼は「日本国憲法では、解散は原則として衆議院自らの決議により、ただ内閣が不信任案を可決された場合にかぎって、第69条により、内閣が対抗上解散の実質的決定権者になる」という自らの見解に対して小嶋や清宮四郎*4から投げかけられた批判を受けて、自身の解釈方法論を反省することになったというのである(2-4頁*5)。ここでは9条解釈をめぐる問題は――全く言及されないわけではないが(23頁)――、少なくとも前面には表れていないように見える*6

2.人について

 長谷川正安(1923-2009)の生涯についてはすでに多くの紹介がなされているところであり*7、改めて読者を煩わせる必要はないだろう。ここでは、東京商科大学(現・一橋大学)に進学し憲法学者である田上穣治のゼミに所属していたこと、大学時代に学徒出陣によって「人間観」を変えることとなる軍隊生活を経験したこと、復学後の東京商大特別研究生時代には水田洋(後に名古屋大学経済学部教授)や平田清明(後に京都大学経済学部教授)らと読書会を開いたり民主主義科学者協会(「民科」)法律部会の結成に関わったこと、といった点だけを確認しておく。

 さて、昭和24(1949)年5月に名古屋大学法経学部助教授に着任した長谷川は、『マルクシズム法学』(日本評論社、1950年)や『フランス革命と憲法(上)(下)』(日本評論新社、1953年)などを立て続けに公刊しており、またそれとともに「殆んど毎月の法学雑誌のどれかに、名のあがらないときを見ない程である」*8と言われた旺盛な執筆活動によって、すでに気鋭の研究者として名を馳せていた。その彼が、法解釈論争や解散権論争を経て憲法学方法論へとさらなる一歩を踏み入れたのが、『憲法判例の研究』(勁草書房、1956年、以下「本書」と呼ぶ)であり『憲法学の方法』(日本評論社、1957年)だったのである。もとより、これら二書のうち『憲法学の方法』については、すでにその内容が詳細に分析されている*9。また、長谷川は本書公刊後も判例研究に取り組み続け、それは――本書を「理論的に深化し」たとも評される*10――彼の『憲法判例の体系』(勁草書房、1966年)へと結実することになるところ、長谷川憲法学における判例研究の意義をトータルに検討する論考もすでに存在している*11。そこで本記事の射程は、これらの成果と重ならないよう、あくまで本書の内容へと限定することとしたい。

二 本書の内容

 本書は大きく「緒論」と「本論」とに分かれており、「緒論」として「第一章 憲法の解釈」と「第二章 裁判と裁判官」が、「本論」として「第一章 占領と憲法」「第二章 天皇制と憲法」「第三章 司法権と統治機構」「第四章 基本的人権(総論)」「第五章 基本的人権(自由権)」「第六章 基本的人権(平等権その他)」が、それぞれ配されている。

1.緒論

(1)憲法解釈の研究

 すでに述べたように、「憲法の解釈とはなにかという根本問題にぶつか」っていた長谷川は、まず、憲法解釈方法論について考察を巡らせている。

 この点、明治憲法以来の憲法解釈の形式主義的傾向と目的論的傾向の対立*12を確認した長谷川は、解散権論争で対立した小嶋和司流の形式主義的解釈を批判し、返す刀で来栖三郎流の目的論的解釈をも批判する。

要するに、解釈者の価値判断をまったく排除してしまうのも、価値判断を主観的なままにとどめてしまうのも、同じく非科学的な価値判断であり、かくして二つの傾向は、どんな政治的価値判断とも場あたりに野合しかねないという必然性を立証したのである。(17頁)

 それでは、長谷川自身の憲法解釈方法論はいかなるものであろうか。この点について彼は、川島武宜『科学としての法律学』(弘文堂、1955年)の批判的検討を通じて、次のような結論を得る。

今日の憲法解釈においては、国家権力と同じ立場にたつものは、すでにつくってしまった現実を擁護し、憲法典との矛盾をまぎらわすために、その場かぎりの「目的」論的憲法解釈をおこなうのである。憲法典から推定される価値体系……と同じ価値体系をとるものは、憲法典の形式主義的な解釈を最良の方法と考える。私の場合には、社会の発展法則の科学的認識にもとづき、憲法典のわくの中でおこなう、既成の有権的解釈の改革のための実践が、憲法の解釈だということになる。(中略)勤労大衆の利益の実現という点では、きわめて目的論的であり、この抵抗の多い目的のヨリ良い実現のためには、法典のわくのあつかい方においてはきわめて慎重でなければならないのが、私の憲法解釈のめざす方向である。その後者の点では、形式主義的外観をおびる。(24頁)

 こうして憲法解釈方法論に関する暫定的な結論を得た本書は、続いて、法解釈の一つの具体的形態である判例研究へと歩を進めることになる。

(2)憲法判例の研究

 ところで、憲法判例研究の方法について長谷川は次のように述べている。

本書における判例の処理の仕方は、いわゆる「判例研究」とは相当ちがっているが、本書の方法こそ、現実の裁判に役立つ唯一の判例研究法なのではないかと、いささか自負している。これまでの判例研究においては、かつて大正時代に末広〔厳太郎〕博士が唱導されたように、判例の基礎にある事実を重視する試みはあったが、判例に内在する裁判官のイデオロギーを客観的に把握しようとする試みはほとんど存在しなかった。末広博士が当時一歩前進させた判例研究を、今日の段階でもう一歩前進させるためには、その点が強調されなければならないと私には思われる。(はしがき2頁)

 このように本書は「判例に内在する裁判官のイデオロギーを客観的に把握しようとする試み」であるとして、それでは、裁判官のイデオロギーとはどのようなものであるか。その結論は緒論第二章に記されているが、それは「本論」における判例研究の末に得られたものであるとされていることから最後に見ることにして、まずは「本論」の内容を確認することにしよう。

2.本論

 すでに述べたように、「本論」は全6章から構成されているが、それはさらに第一章・第二章と第三章以下との間で性格を分けることができる。すなわち、第一章の「占領」と第二章の「天皇制」とは「ときには重なりあい、ときには反ぱつしあいながら、すべての判例をみえがくれにつらぬいている二本の太い線であ」り、第三章以下の判例においてもこの二つの章で論じられた裁判官の憲法観を発見することができるのだという(165頁)。そこで以下では、まず「総論」として第一章と第二章において明らかにされた裁判官の憲法観を確認し、次いで「各論」として第三章以下の叙述を簡単に見ていくことにしよう。

(1)総論

 まず一本目の「太い線」である「占領と憲法」について。この論点について第一章では政令325号事件判決(最大判昭和28年7月22日刑集7巻7号1562頁)を筆頭に様々な判例に言及されているが、違憲の管理法令に関する判例の態度をまとめると、「判例は、その違憲性のすべてを十把一からげに、占領中は、『憲法にかかわりなく有効』としたし、占領解除後は、内容の違憲はこれをすべて無効とし、形式の違憲については、諸説が分れた」ということになる(115頁)。すなわち、勅令542号(「「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件」)のように、「管理法令の形式・内容ともに違憲ではあるが、現行憲法をつくりあげる前提として、また、できあがった憲法を維持する保障として、日本の社会にとって不可欠であることがポツダム宣言によって要請されている」ような「適法・違憲の管理法令」については、政令201号事件判決(最大判昭和28年4月8日刑集7巻4号775頁)によって「日本国憲法にかかわりなく憲法外において法的効力を有する」とされるまでは、合憲であるとされていた。それに対し、政令201号のように、「違憲であるのはもちろん、ポツダム宣言の趣旨とも合致せず、いかなる意味でも合法性のない」ような「違法・違憲の管理法令」について、同判決は憲法28条や25条等に違反しないとしたが、ここでは「占領軍の事実上の至上命令にあわせるように、裁判所の解釈は構成されている」(122頁)。

 続いてもう一本の「太い線」である「天皇制と憲法」について。この論点については、少なくとも「占領開始の初期にあっては、外観上、旧天皇の制度を占領政策の線まで『民主化』しようとする努力と、旧天皇をそのままの形で温存しようとする日本の支配者の抵抗が、しばしば衝突した」のであり(125頁)、不敬罪事件判決(最大判昭和23年5月26日刑集2巻6号529頁)に見られるように、「司令部の意思と日本政府の意思が、天皇をめぐって対立を深めていることが明白であり、裁判所は、これも形式的には免訴という形で占領政策にしたがってはいるが、実質的には日本政府側の意思をヨリよく反映していることが、上級にゆくほどはっきりしている」(134頁)。

 以上より、第一章と第二章については、次のようにまとめることができよう。

「占領と憲法」の章でみた、裁判所の従属性にたいして、ここ〔=天皇制と憲法〕では、ことさらに占領政策にたいする抵抗がみられ、そのかぎりでは、日本裁判所の「独立」性がみられてたのもしいのであるが、私の憲法判例研究の全体から判断すると、占領中に占領政策にたいしこのような独立性が発揮されているのは、天皇制を擁護するときだけにかぎられているような感が深いのが残念である。(140頁)

(2)各論

 続いて第三章以下に入っていくわけであるが、「裁判所の判決をつうじて、国家機構の全体像をえがこうとすることには相当の無理がある」以上、「本書の研究方法がもっとも効果をもつのは、……人権の諸規定についてである」という(190頁)。そこで以下では、「司法権と統治機構」に関する第三章は割愛して、基本的人権に関する諸判例について論じられた第四章以下を見ていくことにしたい。

 まずは基本的人権に関する総論たる位置を占める第四章であるが、この章の目標は人権分野に関する「多数の判決から帰納的に、各条項なり人権一般の基本的考え方なりについて、裁判官の統一的な憲法意識をとりだす」という困難な仕事にあるとされるところ(192頁)、その課題のために取り上げられる判例が、新潟県公安条例事件判決(最大判昭和29年11月24日刑集8巻11号1866頁)である。本判決の多数意見について、長谷川は原則とその適用とが矛盾していることを指摘しつつ「この矛盾は、裁判官の意識に原因があるだけではなく、公共の福祉と人権を相互に調節することが、具体的場合には、きわめて困難であることにも原因がある」として(207頁)、公共の福祉の内容へと論を進めていく。その結果、「公共の福祉と人権のかんけいについては、最終的には、判決の中で、個々の基本的人権が具体的にどう理解され、あつかわれているかをあきらかにすることが必要になる」として、第五章及び第六章でこの点が検討される(220頁)。

 第五章の自由権についてはさらに「内心の自由」・「表現の自由」・「財産権および職業選択等の自由」という三つのカテゴリーに分類した上で、「裁判所は、自由権のそれぞれの特殊性についてはあまり自覚せず、公共の福祉とのかんけいを、ほとんど程度問題でかたづけている」と結論付け、さらに「この不十分さは、自由権内部についてだけではなく、つぎの章で検討する平等権と、自由権との異同の考察においてもみられるところである」として、第六章へと入っていく(267頁)。その第六章では、「平等権」だけではなく「社会政策的基本権」と「犯罪容疑者の基本権」についても論じられているが、内容をまとめることが容易ではなくまたその必要も感じられないため、詳細については割愛する。

3.結論

(1)裁判官の憲法意識

 以上見てきたような本論全体の叙述を通じて、「裁判官の憲法意識」について本書が得た結論とは、以下のようなものである。

 まず、「裁判官の法意識をつらぬく第一の特徴は、旧憲法的傾向であ」り、「一言にしていえば、それは、天皇制的法意識であるということである」(43頁)。これは、本論第二章で言及された諸判決に集中的に表れているが、しかしかかる意識が表れているのは、第二章だけには限られないとされる。

 続いて「第二にあげられるのは、裁判官の官僚主義的法意識であ」り、かかる意識がとりわけはっきりと表れるのが本論第六章で取り上げられた刑事事件であるという。すなわち、「疑わしきは被告人の利益に」という原則が確立されていないどころか、「安易な非科学的捜査を黙認するため――原告〔ママ〕に有利――に、あるいは、裁判所の威信の維持のために、被告〔ママ〕に不利な判決が下される例が、残念ながら、少なくないのである」(46-47頁)。

 さらに「第三に、裁判官の形式主義があげられる」。その原因として指摘されるのは、司法試験のための勉強が「国家=内閣が試験委員としてえらんだ学者の学説」の丸暗記に堕している法学部教育、形式的な実務一点張りになりがちな司法研修所のあり方、一人に数百件の事件を負わせ「世間知らずの裁判官」を作り上げる裁判のあり方、などである。そして、このような形式主義は「裁判のあらゆる面にしみこんで」おり、とりわけ「違憲の上告理由を主張しうる場合を厳格に解釈しようとする」傾向に現れているという(47-50頁)。

 もとより長谷川の目的は、そのような裁判及び裁判官を批判することにあるのではなく、「そのような憲法意識が、憲法判例として現実に効力をもっているものに内在している憲法意識であり、したがって、支配的な憲法意識」であるという「憲法の現実形態をたしかめることにある」という点には、注意が必要である(50頁)。なぜなら、本書における長谷川の問題意識は、「最高裁判所の判例集をよめばよむほど、弁護士の側に……、もっと真剣な、憲法判例の研究態度がなければ、国民多数のための公正な裁判など、とても夢であると感じないわけにいかなかった」という点にあったからである(はしがき2頁)。

(2)裁判の実態

 それでは、なぜ裁判官はそのようなイデオロギーを有するに至ったのだろうか。その条件について、本書は次のように説明する。

 たしかに、明治憲法の下では与えられていなかった裁判所の違憲立法審査権によって「憲法の解釈が広範囲に裁判と結合するようになった現憲法の下では」、国家の法的構造の根本的変革の影響を受けて裁判のあり方にも重大な変化が生じた。しかし、司法権の優位や司法権の独立といった新しく導入された法制度は、十分に実現しているわけではない。そうであるとすれば問題はその原因であるが、それは「個々の事件に偶然あらわれるような欠陥にあるのではなく、現に日本がおかれている国際的地位、国内の政治情勢そのものの中にある」というのが、本書の診断であった(32頁)。

 具体的には、「第一点は、司法権・裁判の独立を保障している憲法そのものが、対外的関係において、かならずしも完全に『独立』しておらず、そのことが、対内的にも深刻な影響をあたえている」、換言すれば、「対外的にみて、国家主権がいまだ法的にも政治的にも完全に回復していないことが、対内的には、国民主権を徹底させない、最大の原因となっている」とされる(33頁)。すなわち、占領下に憲法が制定されたことや憲法が占領政策によって恣意的に適用されたりしたことが、憲法の無視や軽視につながっているというのである。

 第二の事情は、たしかに立法権や行政権に対する司法権の独立は相当程度に確立しているものの、日本の裁判においては司法権の独立が裁判(官)の独立を意味するわけではないという点である。すなわち、最高裁判所が司法行政権を利用して下級審の裁判に対して事実上の干渉を行うといった事態に典型的に表れているような「最高裁判所の明確な二重性――外部にたいしては一貫して司法権を擁護しながら、内部においては、裁判(もっとも司法権の本質的なもの)の独立そのものを尊重しない――」が指摘されている(40頁)。

 大要このような理由によって、上で述べたようなイデオロギーを裁判官が身に付けるようになった、というのが本書の結論であろう。

三 本書への反応

1.当時

 すでに述べたように、長谷川憲法学の全貌が明らかになった現時点の視点から本書やその周辺を分析・検討するという試みはすでになされており、その成果に本記事が付け加えられることは特にない。むしろここでは、30代の若手研究者の手になる本書が同時代的にどのように読まれたのかを瞥見するために、公刊当時における本書に対する学界の反応を概観しておきたい。

 この点、憲法の実態への関心が高まっていた当時において、「憲法の生きた姿」を憲法判例の面から明らかにしようとしたものであるという観点から本書を評価しようとする見解がある。すなわち、「憲法の原理と実態とを憲法判例の面から明らかにしようとするものであり、そこには判例研究のあり方や更には憲法解釈の方法にも関する著者の基本的な態度も野心的に示されており、きわめてユニークな書物である」*13とか、「現実の憲法秩序・関係、その意味でのいわば生ける憲法規範を綜合的にとらえる」ための一歩として「判例に関するかぎりにおいては、最初の体系的な研究として、わたくしは憲法学界の一つの重要な収穫であるとおもう」*14といった評価がそれである。

 これらは本書の「本論」に対する評価であるが、しかし、「緒論」で述べられていた憲法解釈方法論に対しては厳しい評価もあった。その中でも注目すべきなのは、本書と同時期に公刊された鵜飼信成『憲法』(岩波書店、1956年)と本書とを比較しつつ論評を行う今村成和の書評である*15。すなわち今村によれば、鵜飼とは異なり、長谷川は憲法解釈そのものの方法についてはっきりした形で示していないという。「民主々義憲法を前にして、その規範的意味内容の完全な実現を望むものは、今日においては、権力者ではなくて民衆であり、その立場において、近代憲法を成立せしめた市民階級の政治原理が承継され、その正当な発展が目指されるものとすれば、その立場においてのみ、憲法の意味内容が正しく理解されることがあっても、不思議ではない訳で、このことは、〔長谷川は〕もっと率直にいわれてもよいのではなかろうか」。この点について長谷川は、「憲法だけでなく、どの法律でも、一国の法体系としてみた場合、国家権力のにない手の価値体系を表現しているといえる。その表現の仕方に、どのような屈折があろうとも、この原則に例外はない。そうだとすると、憲法を支える価値体系と同じ価値体系をとるものの解釈は、考察が比較的容易であるが、それと対立する価値体系をとるものの解釈については、問題が複雑にならざるをえない。私がなやむのは、つねにこうした場合の解釈である」と躊躇を見せるが(21-22頁)、今村はそのような態度を次のように批判する。

もちろん、現行憲法には、その歴史的条件に制約された限界があることはいうをまたないし、そこに、現行憲法が勤労大衆の利益を完全に実現する為めの制約となりかせとなる性格を有していることは否定できないが、その限界は、一面においては、弾力性をもって対処し得べきものであると共に、窮極において、その限界を乗り超えることは、憲法解釈の役割ではない〔か?*16〕と思う。

 このように、あくまでも憲法典というわくにこだわる長谷川に対し、今村は憲法解釈によって勤労大衆(民衆)の利益を実現することにより大らかなようである。もとより、これを以て直ちに何らかの結論を引き出すことはできないけれども、かかる今村の批判はやや逆説的な形で、長谷川の憲法解釈方法論の特質の一つを照射しているようにも思われる。

2.現在――まとめにかえて

 すでに述べたように、現時点の視点から本書に対する包括的な検討を行うということは本記事の射程外であるが、現時点において本書に対してどのような評価がなされているのかについて、最後に少しだけ触れてみることにしよう。

 この点、例えば、訴訟戦術において裁判官のイデオロギー分析が必要であることは今や常識となっており、すでに触れたような弁護士に真剣な憲法判例の研究態度がなければならないという長谷川の問題意識は基本的に受け入れられている、と評価する見解がある*17。しかしそれだけでなく、本記事では十分に深められなかったが、「技術しての憲法訴訟」という観点から本書に改めて光を当てようという論者もいる*18。このようにざっと概観しただけでも、「憲法にかんする判例という対象の特殊性と、その対象を処理する方法の特殊性」(1頁)を踏まえて他ならぬ「憲法」判例研究の方法を追究する本書の意義は、まだまだ論じ尽くされていないように思われる。

 いずれにせよ、長谷川の著作をマルクス主義憲法学者の作品として切って捨てるのは、あまりにももったいない。本書もまた、そのような先入観を外した地点から再読されるべきであろう。

*1:参照、来栖三郎「法の解釈と法律家」私法11号(1954年)18頁。

*2:一圓一億『法の解釈と適用』(有斐閣、1958年)158頁注4。

*3:参照、藤間龍太郎「解散権論争」法律時報49巻7号(1977年)305-306頁。なお、解散権論争を扱っている近時の文献として、小島慎司「苫米地事件」論究ジュリスト17号(2016年)34頁以下がある。

*4:参照、清宮四郎「わが憲法上の解散」法学〔東北大学〕17巻1号(1953年)1頁以下。この論文は、同『憲法の理論』(有斐閣、1969年)383頁以下に収録されている。

*5:本文中の頁数は全て『憲法判例の研究』(詳細は後述)からの引用である。

*6:この点において、『憲法判例の研究』は後の『憲法解釈の研究』(勁草書房、1974年)などとはややニュアンスを異にする。なお、後者を主たる対象として長谷川の憲法解釈方法論を検討するものとして、大河内美紀「憲法解釈方法論争・再訪」長谷川正安先生追悼論集『戦後法学と憲法』(日本評論社、2012年)660頁以下がある。

*7:長谷川の経歴については、長谷川追悼・前掲注6)に収録されている「長谷川正安先生 経歴」等のほか、森英樹「長谷川正安先生の生涯」同書9頁以下等の諸論考を参照。長谷川自身による回顧としては、「ある憲法学者のあゆみ(1)~最終回」人権と部落問題55巻5号~56巻4号(2003~2004年)が包括的である。

*8:小林孝輔「書評」青山経済論集8巻3号(1956年)133頁。

*9:参照、中富公一「『憲法学の方法』(一九五七年)の成立」長谷川追悼・前掲注6)602頁以下。

*10:和田英夫「書評」法律時報39巻2号(1967年)102頁。

*11:参照、小林武「長谷川憲法学と判例研究・覚え書き」長谷川追悼・前掲注6)624頁以下。

*12:一般に、前者は法文の文言を重視する解釈態度であるのに対し、後者は文言の背後にある法の目的を重視する解釈態度を指すと理解されている。参照、高見勝利『芦部憲法学を読む』(有斐閣、2004年)16頁以下。

*13:佐藤功「学界展望 憲法」公法研究17号(1957年)131頁。

*14:鈴木安蔵「書評」法律時報29巻1号(1957年)57頁。

*15:参照、今村成和「書評」法社会学10号(1957年)223頁以下。

*16:原文に「か」はなく、もしこれが誤植でないとすれば原文の趣旨は全く逆になるのであるが、ここでは文脈から「か」が抜けているものと判断した。

*17:参照、村田尚紀「科学的憲法学または法学の一方法」長谷川追悼・前掲注6)575-576頁。

*18:参照、蟻川恒正「合憲限定解釈と適用違憲」樋口陽一ほか編『国家と自由・再論』(日本評論社、2012年)266頁注3。

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